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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(オ)12号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

本訴請求は被上告人が上告人に対する貸金合計金三万五千円の支払を求めるにあること並びに上告人が被上告人に対して支払場所を被上告人宅とし、支払期日及び金額を右貸金債務と同一とした約束手形を振出したことは当事者間に争なきところである。そして右約束手形は上告人の抗弁するようにその借受債務の履行に代えその代物弁済として振出したものでないことは原判決が上告人において何等の立証をしないのと証人森喜平次の証言とによりこれを認めたものでその認定には経験則に反するところは認められないのであるから原判決が右抗弁を排斥して該手形は借受債務の支払確保のため振出されたものと認めたのは正当であるといわなければならぬ。

そしてかように手形がその原因関係たる債務の支払確保のため振出された場合に、当事者間に特約その他別段の意思表示がなく債務者自身が手形上の唯一の義務者であつて他に手形上の義務者がない場合においては、手形は担保を供与する趣旨の下に授受せられたものと推定するを相当とすべく、従つて債務者は手形上の権利の先行使を求めることはできないものと解するのを相当とする。すなわち、債権者は両債権の中いずれを先に任意に選択行使するも差支えないものと言わねばならない。そして本件手形は前述のごとく支払場所を被上告人宅とした上告人振出の約束手形であり、授受の際特約その他別段の意思表示がなく、既存の貸金債務者と手形上の義務者とがいずれも同一人たる上告人なのであるから債権者たる被上告人は本件貸金と右手形債権とのいずれを選択行使するも差支えないものと言わねばならぬ。それ故、本論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は本件における約束手形は既存の貸金債権につき単に担保を供与する趣旨の下に授受せられたもので、従つて被上告人が手形債権を先行使しようと先ず貸金債権を請求しようと自由であることを判示したものであつて、その認定説示が正当であることは第一点で説明したところである。本件約束手形について所論のごとき臨時財産調査令施行規則第一六条、第一〇条所定の障害があるからと言つてその障害が同時に既存の貸金債権行使の障害となるものとはいえない。なぜなら同調査令及び同規則には通常の指名債権についてはその申告についての規定も又その申告を怠つた場合の権利行使の禁止規定もなく全然申告を要求されてないからである。もし既存の貸金債権の担保供与のため授受された手形について生じた支払禁止が同時に既存の基本貸金債権の支払禁止の効力を随伴するものとすれば、担保として手形の供与のなかつた貸金債権に比し却つて不利益を受けることになるであろう。されば、右の上告人の抗弁を排斥した原判決は正当であつて本論旨は理由なきものである。

よつて民訴第四〇一条、第九五条及び第八九条により主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 斉藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

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